アメリカのピアサポートシステム
和田仁孝(Heals 理事)

 アメリカのいくつかの病院で行われているピアサポートシステムについて、2017年10月30日から11月5日まで調査を行ったので、その結果を報告する。調査は、MITSS、Brigham & Women’s Hospital, BIDMC, Johns Hopkins の各団体、病院で行った。

1. MITSS (Medical Induced Trauma Support Service)
 MITTSは、医療事故被害者としての経験を持つLinda Kenny 氏が2002年に設立した非営利法人として活動している。Linda Kenny氏は麻酔事故に遭遇したが、当時のアメリカでは事故にかかわった直接の医療者が患者側に対応することはほとんどなかった。しかし、彼女のケースでは、麻酔医が、直接、Linda Kenny氏に電話し、事故についての謝罪と対話を行う機会を自発的に持った。この過程でLinda Kenny氏は医療者も苦しんでいることを知り、有害事象発生時に、双方を救うようなシステムが必要だとして、現在の活動を始めるに至った。
 当初は、脆弱な組織であったが、ハーバード関連組織のCHRICOが、その理念に賛同し、非公表で資金援助を行ってくれ、活動を維持できたとのことである。現在は、寄付のほか、病院にピアサポートシステムを導入する指導や研修を一件5000ドルで実施、そのほか、年に数回のディナーパーティの機会などが活動資金のソースとなっている。
 活動の具体的な内容は、患者、および医療者からの電話を中心とする相談(面談やメールもある)事業、ピアサポートシステムの病院への導入支援事業である。電話は主に、Linda Kenny 氏が受け、自身でサポートする場合もあれば、適切な対応者にリファーする場合もある。医療者からの電話は、全米から来る。そのため、遠隔地でサポートできる人材のネットワークを構築中である。診療科別の学会などでリクルートすることもある。このほか、病院への導入事業、研修プログラムの公開などを行っている MITSSの事務所は、郊外のハーバード関連病院の建物の一室にあり、事務員が一人いる。
<感想>
 今回の他の訪問先(病院)と異なり、MITSSの場合は独立した非営利団体であり、Healsにとって参考となる点が多い。その事業も、院内ピアサポートの構築支援にとどまらず、全米からの患者、医療者の電話を受けサポートする点でも、Healsの事業形態と重なるところが多い。また、活動理念は、Linda Kenny氏と永尾るみ子氏で共通しており、この点も親縁性を感じる。
 日本と異なるのは、全米から医療者の電話も来るという点であるが、このことが、病院という組織を超えたピアサポート・ネットワークの構築という他にはない活動方向を生み出している。Healsの活動を考える時も、病院への導入だけでなく、学会等を通じたピアサポート・ネットワークの構築とそのコアとしての役割を将来的には展望できるかもしれない。

2. Brigham & Women’s Hospital Center for Professionalism & Peer Support
 ここでは、外科医であるDr. Shapiroが中心となって、2008年からピアサポート事業を組み立てている。Center for Professionalism & Peer Supportは、Professionalism Initiative, Teamwork teaching and Conflict management, Just Culture Initiative, Peer Support,
Disclosure Coaching の5つの活動を包摂する部署であり、これら隣接活動との関係の中にピササポートは位置づけられている。病院は訳1000床規模。
これまで、延べ80名ほどのPSを育成しているが、移動もあり、現在25名のピアサポーターでシステムを維持している。39名のうち75%が医師であり、15%がナース、10%が他の職種とのことである。PS候補はボランティアでリクルート。ただし、条件としては臨床で評価されている人+性格が重要。育成のための研修は半日程度でインタラクティブ。
 BMHで強調されていたのは、システムを作って待っていても相談は来ないという点である。そのため、リスクマネジャーや、その他の管理部門、管理者と連携し、各部署からイベントが発生したら連絡があり、こちらから全員にコンタクトする方式をとっている、もちろん、コンタクトして、「こういうサービスがあり、利用できる」と告げることから始まり、「不要」との反応があれば、決してそれ以上無理はしない。「何があったのか」できごとの内容などには不触れず、心理的なケアに専心する。また、あくまでファーストエイドであるため、基本は、1~2回のケアでとどめ、必要なら他のリソースにリファーする。年に4回ピアサポーター会議を行う。
 また大きな事故等では個人だけでなくそのグループ全体のパフォーマンスが低下したりする。こういう時には、グループPSを実施する。
 効果については、ピササポートでは記録も残さないため、実証的データを示すことはできない。しかし、サポートのない状況が、いかに医療者の傷を深めるかは、だれもが理解できる点であり、何かすべきであることにつき反論はないだろうとのこと。

<感想>
 BMHの場合は、Dr. Shapiroのリーダーシップのもと、医師のPSが多いなどの特徴がみられる。またファーストエイドに徹するという理念から、その役割は謙抑的であり、過度な介入のリスクという課題もそこから学ぶことができる。また、待っていても誰も来ないという経験は、日本の医療者に関しては、いっそうあてはまることを考えると、各部署等の管理者の理解を得て、報告があれは、こちらからファーストコンタクトする方式は、我が国では有効かもしれない。

3. BIDMC
 BIDMCもハーバード関連病院であり、独自のピアサポートシステムを構築している。病床規模は5~600床であるが、院内にピアサポーターは180名存在する。その内訳は、ナースが多いが、医師は数名、多くの職種があり、ハウスキーパーなども含まれている。ほとんどはボランティアで要請は、2~3時間のレクチャーのみである。
 実際の相談の内容については、有害事象関連が8%のみ、患者=医療者関係に起因するものも15%にとどまり、マジョリティは、家族関係、職員関係のストレスなどである。すなわち、BIDMCの場合は、医療有害事象に限定せず、あらゆる心理的ストレスへのケアを課題としており、それがPSの数や職種構成、さらには研修内容にも反映しているといえる。
 3HELPと呼ばれる24時間体制の電話受付を実施、180名いるので当直のPSも2名程度はいる。
 ピアサポートシステムのマネジャーのが報告を受け、適切なPSをマッチングさせる形で行われている。PSは全員バッジをつけている。
<感想>
 ピアサポートの拡張的役割を課題とする、他とは異なる独自の市捨て鵜であるといえる。後述のJohns Hopkins やBMHとは異なり、かなり広範な心理サポートを目的としている。BWH やJHでは、Employee Assistance などが対応している領域かもしれない。

4. Johns Hopkins Hospital
 JHではRISE(Resilience In Stressful Event)プログラムと称するピアサポートシステムがとられており、Second Victimの概念を生み出したAlbert Wu氏を中心に、看護師、チャプレンの3名がマネジメントしている。1000床規模の病院で職員数は28000人、ピアサポーターは各部署で推薦を受けて育成のほか、ボランティアで1日の研修、ミズーリのFor You プログラムに似た研修を実施しているとのことである。現在39名のPS.24時間体制で受け付け。2名がオンコール待機。30分以内に対応。
 JHでは当初小児科で始めたが、当初は4件/年しかこなかったが、周知されるにつれ、現在は年間400件くらい。ほぼすべて、自発的コンタクトないし上司からのコンタクトで、こちらから動くことはない。グループPSのあとに1対1PSになることが多い。ドクターは特に。各部署管理者が問題意識を共有。毎月1回PSは会合、トレーニングも行う。
 PSは、何が起こったかなどにかかわらず、あくまで心理ケアのファーストエイドに限定されている。また、マーケティングの発想が重要。
 JHでは、院内以外に外部にも研修を行っている。内部ではピアサポーター研修(出会い、レジリエンス、ノーマライズ、対話など)、外部の場合は、まず、リーダーシップ、オーガナイズ、リクルーティングなどの講義に上記をプラスで2日。外部で実施する場合は、JHとしてではなく、外部の患者安全組織と連携してそこの活動として実施。万が一、1人の看護師がメンタルの問題で勤務することができなくなった場合、病院として20000ドルの損失になるというエビデンスデータがある。
<感想>
 各部署にPSを準備する点などは日本では参考になる。ほぼすべて自主コンタクトは、日本では望めないが、こちらからコンタクトし、受けるかどうかは本人が決めるといった中間システムを採用すればよいのではとWu教授の示唆があった。